「地方から見たロープ高所作業業界の15年」
― 多能工化とRWCがもたらした横のつながり ―
15年前、私がロープを始めた当時は、そもそも「ロープ高所作業」という呼び方自体が存在していませんでした。現場では「ブランコ」や「一本吊り」と呼ばれ、ガラス清掃や外壁清掃の職人が使う一つの手段という程度の認識で、体系立った技術や資格制度として語られることはほとんどありませんでした。IRATAの資格を持つ技術者も国内にはごくわずか。まして広島県福山市のような地方都市においては、ロープアクセスを専門に手掛ける会社はほぼ存在せず、技術を学ぶにも東京や大阪といった都市部まで足を運ぶほかありませんでした。体系立った教育機関や指導者と呼べる存在も身近にはなく、書籍や海外の資料を頼りに、実際に高所で身体を使いながら試行錯誤を重ねる、ほぼ独学に近い形でロープ技術を習得せざるを得ない状況でした。地方には情報も仲間も乏しく、孤独に技術を磨く日々だったことを今でも鮮明に覚えています。
当時の福山市周辺では、ロープ作業といえばガラス清掃のみという状況で、対象となる高層建物自体も数少なく、月に数件の現場があるかどうかという規模感でした。高所作業といえば足場や高所作業車が当たり前で、ロープを使った作業に対しては「本当に安全なのか」という懐疑的な目を向けられることも少なくありませんでした。
しかし、この15年で状況は大きく変わりました。全国的にインフラの老朽化が深刻な社会課題となり、橋梁点検の需要が急増しました。福山市を含む広島県、そして山口・岡山・島根・兵庫・大阪といった周辺エリアでも、老朽化した橋梁や送電鉄塔の点検・補修案件が地方自治体や建設コンサルタントから数多く寄せられるようになっています。加えて、台風や豪雨による倒木被害が全国で頻発するようになったことで、特殊伐採の需要も地方においても急速に拡大しました。かつては都市部の専売特許のように思われていたロープ高所作業が、今や地方のインフラ維持や防災対策に欠かせない技術として認知されるようになったのです。
そしてこの変化の中で、私が特に重要だと感じているのが「多能工化」の進展です。地方は都市部と異なり、橋梁点検だけ、あるいは特殊伐採だけといった単一分野に特化していては、年間を通じて安定した仕事量を確保することが難しいという構造的な課題があります。だからこそ地方の事業者は、橋梁点検、特殊伐採、外壁調査、看板点検、鉄塔作業、風力発電・プラントメンテナンスといった複数分野を横断的に手掛ける多能工化が生き残りの鍵となってきました。一人の技術者が季節や需要の変動に応じて複数の現場に対応できることは、地方における事業継続性そのものに直結しています。実際、当社でも業務スキルとロープ技術スキルの両軸で技術者を育成する体制を整え、橋梁点検の閑散期には特殊伐採や外壁調査の現場へ、繁忙期には応援人員を柔軟に配置できるようにしてきました。
一方で、この多能工化の進展は決して良い面ばかりではなく、新たな課題も山積していると感じています。特に懸念しているのが、複数分野を掛け持ちすることで、一つひとつの現場に必要なロープ技術や施工技術が中途半端なまま作業にあたってしまうケースです。橋梁点検、特殊伐採、外壁調査といった分野はそれぞれ求められる技術や危険性の質が異なるにもかかわらず、幅広く手を出すことを優先するあまり、基礎となるロープ技術そのものや、各分野固有の施工技術が未熟なまま現場に入ってしまう技術者が出てきているのも事実です。これは決して他社だけの問題ではなく、当社においても常に向き合わなければならない課題であり、多能工化を進めれば進めるほど、各分野の基礎技術をどう担保していくかという教育体制の在り方が問われていると痛感しています。
ロープ技術そのものについては専門の教育機関や講習を通じて体系的に習得できる環境が整ってきましたが、各分野固有の施工技術については、体系化された教育の場がまだ十分になく、現場での経験を積み重ねながら個々に習得していくほかないというのが現状です。
この多能工化を後押ししてくれたのが、RWC(ロープワーカーズコミュニティ)を通じた業界内の横のつながりです。以前は各社が個々に技術やノウハウを抱え込み、地域や分野を越えた交流はほとんどありませんでした。しかしRWCという場ができたことで、地方と都市部、異なる専門分野の技術者同士が情報交換し、互いの現場を学び合い、時には仕事を融通し合える関係が生まれています。ある分野を得意とする技術者が別分野の知見を得て多能工化を進めたり、地方の会社同士が連携して大きな案件に対応したりする動きも出てきました。こうした横のつながりは、地方が抱える人材や情報の乏しさという弱点を補い合う仕組みであると同時に、多能工化に伴う技術の未熟さという課題に対しても、互いの得意分野を教え合い、基礎から学び直せる場として、非常に大きな意味を持っていると実感しています。
次世代にロープ高所作業の魅力を伝えていくことは、私自身のライフワークでもあります。地方で孤独に技術を磨いていた15年前の自分と、今こうして全国の仲間とつながりながら仕事ができている自分とを比べると、業界全体がひとつのコミュニティとして成熟してきたことを強く実感します。JSRとしても、こうした業界内のつながりをさらに強化し、地方であっても安心して技術を学び、多様な分野で活躍できる環境づくりに取り組んでまいります。会員の皆様にはぜひRWCをはじめとした横のつながりを積極的に活用いただき、共にこの業界を発展させていければ幸いです。