ロープ高所作業の課題と「自らの安全」について
第5回の理事コラムは田中が担当いたします。私は前職が消防職員という経緯もあり、現場での実作業目線に加えて、少し異なる視点からも皆様にお伝えできればと思います。
私がロープと最初に出会ったのは、今から14年前のことです。消防職員として拝命を受け、各都道府県の消防学校の初任教育課程に約6ヶ月間入校した際でした。当時のことは今でも鮮明に覚えています。入校早々、教育担当教官から「基本結索は一度しか見せない。明日までに完全に覚えてこい」と厳しい指導を受けました。消灯後も必死になって、もやい結び、巻き結び、ちょう結び、ふた回りふた結びといった基本結索を指先に叩き込みました。しばらくして救助訓練が始まると、座席懸垂降下の訓練が行われました。これはカラビナにロープを巻きつけ、右手の制動のみで降下していくという、自衛隊などでもよく行われている伝統的な降下法です。教官からは「右手は絶対に離すな!」と何度も怒号が飛び、必死に食らいついていましたが、ふと我に返った瞬間、「もし何らかの拍子で右手を離してしまったら、一瞬で墜落するのではないか」という強い恐怖心を抱いたことを覚えています。
その後、私は特別救助隊(レスキュー隊)に拝命され、現場の第一線で勤務を続けていました。転機となったのは2020年、知人の紹介でロープレスキューおよびロープアクセスの研修会に参加したことです。そこで目にした光景は衝撃的でした。講師がPETZLの「I’D」やCMCの「クラッチ」を用い、極めてスムーズかつ安全に降下や停止を行っていたのです。オートロック機能(ハンズフリーストップ)が備わっており、万が一操作手を離したとしても確実に自動停止する近代的な資器材に触れ、「世の中にはこんなにも安全で合理的なシステムが存在するのか」と目から鱗が落ちる思いでした。そこから私は近代的なロープアクセスの安全性と論理的なシステムに魅了され、暇さえあれば個人トレーニングを積み、研鑽を重ねました。やがてその魅力と可能性を追求したいという思いが強まり、消防を退職してロープアクセスの世界へ飛び込むに至りました。
しかし、民間の実作業の世界へ入った際、ある重大な疑問が頭をよぎりました。「もし作業中、何らかのトラブルや急病で空中に宙吊りになり、行動不能に陥った場合、一体誰が助けてくれるのだろうか?」という点です。
一般的には、万が一の救助要請先として真っ先に公設消防が思い浮かぶかもしれません。現在では熱心な隊員が有志で近代的なロープレスキューを学ぶ例も増えています。しかし、公設消防の装備や標準的な活動要領は、広範な都市災害や山岳救助などを幅広く想定したものであり、特殊なビルメンテナンスや産業用ロープ高所作業の現場から、複雑なシステムを介して要救助者を即座に救出することに特化しているわけではありません。公設部隊が到着して現場状況を把握し、安全確認を行って救出体制を整えるまでには、どうしても一定の時間を要します。宙吊りによる「サスペンション・トラウマ(宙吊り症候群)」のリスクを考慮すれば、外部の救助隊の到着を待つ猶予はないケースがほとんどです。
だからこそ、私たちは「自分たちの身と仲間の安全は、現場の自分たち自身で守る」という自己完結の意識を強く持たなければなりません。日頃から作業前のリスクアセスメントを徹底し、具体的なレスキュー計画を策定しておくことは大前提です。たとえば、もし現場のバディがロープ登攀や高難度の救助技術に不慣れであるならば、最初から下降器を地上側や屋上側にセットし、いざという時には地上や屋上からロープを繰り出して降下・救出できる「リグ・フォー・レスキュー(可逆的システム)」を組んでおくなど、現場の体制に応じた柔軟な備えが不可欠です。
私自身、現場で作業する際は、CMCのクラッチやPETZLのマエストロ等を組み込んだレスキューキットを必ず屋上に配置しています。これらがあれば、仮にトラブルが発生したとしても、作業者を地上へ安全に降ろすことも、屋上へ引き上げることも速やかに切り替え可能です。確かに専門的な資器材は安価ではありませんが、仲間の尊い命を失うリスクに比べれば、決して高い投資ではありません。安全はある程度、適切な資器材への投資と備えによって確保できるものです。「備えあれば憂いなし」という言葉通り、事前の投資と準備こそが現場の命綱となります。
もし「現場でのレスキュー計画をどう立てればよいか分からない」「どの資器材を選定すべきか迷っている」というお悩みがあれば、ぜひ遠慮なく日本ロープ高所作業協会(JSR)を頼ってください。高所作業用の資器材は日々進化しており、正しく使いこなすには深い実務知識と安全基準への理解が必要です。JSRにはロープアクセスやロープレスキューの知見と現場経験を兼ね備えたプロフェッショナルが多数在籍しています。定期的に各地で実践的なレスキュートレーニングも開催しておりますので、ぜひ気軽にご参加いただければと思います。
現場での安全と安心を確かなものにするために、JSRというプラットフォームを大いに活用してください。皆様が安全で事故のない快適なロープアクセスライフを送れるよう、私自身も若輩ながら力を尽くしてまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。